私が1996年狛江市長に就任して以来、3期12年が経ちました。前市長がバカラ賭博に狂い失踪した後の大掃除となった1期目は、ただ「打倒」だけをめざした旧与党の理不尽な攻撃を、市民と一体となってはねのけ、市民参加、情報公開、福祉の向上を中心に、市政の根本的な転換を図ってきました。
 2期目は、政策実現の時期で、多摩地域でも遅れていた福祉や教育、健康施策の水準を引上げ、事業によっては多摩各市をリードする役割も果たしてきました。
 3期目では、当選直後、国が地方財政削減を真の目的とした「三位一体の改革」が始まり、このままでは予算編成さえ困難になることから、「行財政基盤確立のための緊急行動計画」に3年間全庁あげて取組んできました。今年3月で計画の区切りを迎えましたが、その目標は概ね達成の見込みとなり、当面の危機は打開出来るところまできました。今後は、財政規律を守りながらですが、新たな政策の展開も可能になりました。
 私にとっては激動の12年間でしたが、市民のご理解とご支援によって、3つの転換、@市民不在の市政から市民が主人公の市政へ、A予算の使い方を土木優先から市民生活優先へ、B財政基盤の確立へ、市民利益を確固として守りながら、市政運営を推進することができたと、深く感謝しています。
 私が、今回立候補を決意した主な理由を申し上げます。
 第1に、格差社会が進行する中で、「新しい貧困」が生まれています。後期高齢者医療制度の実施、「消えた年金問題」、青年層者を中心とした不安定で「使い捨て」といわれる雇用の広がりなど、人間が尊厳を持って生きていくことが脅かされる時代になっています。一地方自治体では、法令のしばりや財政の制約がありますが、少なくともこうした実態に怒りを持って国に発言し、高齢者、障がい者、青年、まじめに働いている人たちの目線に立ち、生活実感を共有しながら、最善の努力をしていく市政を、継続させなくてはならないと思ったからです。
 第2に、今年度からの2年間は、これから10年、20年先の狛江を描いていくために、市の憲法とも言える基本構想、基本計画、そして行財政改革大綱、公共施設再編方針をまとめていく時期です。現在、その準備に入っていますが、これらの重要な構想や計画を、情報公開し、市民参加と協働を推進する中で策定し、また内容を市民本位のものとするためにも、こうした方向を追求してきた私が市長でいることが必要だと考えました。
 第3に、現在取組んでいる、「音楽の街―狛江」づくり、「絵手紙発祥の地―狛江」の取組み、撮影支援体制の整備など、市民文化の振興を通した魅力ある狛江づくりは、ようやく緒についたところで、私はその提言者としてこの4年間で形にしていきたいと考えています。
 そして最後に、現在出馬を表明している方がたを見ますと、いずれも前市政を支えてきた陣営の方です。お2人とも当時は政治家ではありませんでしたが、バカラ賭博に狂った当時の市長を諌めることなく、狛江市民を辱め、市政を混乱させてきたことに、これら2人の陣営はこの12年間、一度といえども市民に対する公式な謝罪と反省をしていないことは厳然たる事実です。こうした人びとに市政を任せたら、狛江市政はいつ昔の古い体質の時代に戻ってしまうかわかりません。清潔・公正・公開の市政を守るためには、現時点では私ががんばる以外にないと考えるに至りました。

「市民のための」「市民とともに歩む」狛江市政を継続・発展させるために、この4年間も働けるよう、全力でがんばってまいります。