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特別寄稿

 《豊かな会》の共同代表であり、気象学者の増田善信さんが5月にお書きになった文書です。福島の皆さんが直面している現状に可能な限り、少しでもわたし達が向き合っていく必要性を痛感します。

 増田さんのご了解をいただきましたので、特別寄稿として掲載させていただきます。ぜひじっくりお読みください。

福島の甲状腺問題はどう考えればいいか
増田善信

原発事故などによる放射線被曝の影響はいち早く子供の甲状腺に現れます。放射性ヨウ素131の半減期は僅か8日ですから、60日もたてばほとんど影響がなくなるのですが、甲状腺に選択的に蓄積しますので、高い被曝線量を受けた小児の集団では、甲状腺がんのリスクが増加する可能性があります。特に、福島第1原発事故の際は、三春町以外は安定ヨウ素剤を服用しなかったので、子供の甲状腺がんが増えるのではないかと心配されています。もちろん、このような悲劇的な予測は外れてほしいのですが、残念なことに、現実化しつつあるように見えます。

2014年2月7日に開かれた第14回福島県「県民健康管理調査」検討委員会は、「2013年1231日時点で、甲状腺結節の細胞診検査を受けた中で『悪性ないし悪性疑い』と診断された小児は75名、その中で実際に手術によって小児甲状腺がんと確定診断されたのは33名」というショッキングな数字を発表しました。(5月19日、「県民健康管理調査」検討委員会は、3月末現在で50人が甲状腺がんと確定し、がんの疑いのあるとされたのは39人である、と発表しました。その結果、甲状腺がんが33人から50人に、悪性まで入れると75人が89人になりました。)

2月7日の発表に対し、山下俊一福島県立医科大学副学長は首相官邸のホームページに「福島県における小児甲状腺超音波検査について」という一文をのせ、「検討委員会では、外部被曝線量との関係や、地域・地区別の比較結果なども合わせて報告されました。その結果、検査で発見されたのは、原発事故とは直接的な関係がない『自然発症(福島だけでなく、どの地域で検査をしても一定の確率で発見される)の小児甲状腺がん』であり、これはスクリーニング効果であると評価しています」と述べています。

ここで、スクリーニング効果とは、それまで検査をしていなかった方々に対して一気に幅広く検査を行うと、無症状で無自覚な病気や有所見(正常とは異なる検査結果)が高い頻度で見つかることです。

確かに超音波を用いたスクリーニング検診が行われなければ、これだけ多くの甲状腺異常は発見されなかったと思いますが、これが福島原発事故によるものではないと言えるでしょうか。山下氏だけでなく、世界保健機関(WHO)や原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)や多くの甲状腺の専門家は、福島の被曝線量がチェルノブイリ事故時の甲状腺被曝線量と比べてはるかに低いという事実のほかに、チェルノブイリ事故では最初の年間は甲状腺がんが増えていなかったから、事故から年しかたっていない福島で、甲状腺がんが増えるはずがないとして、福島の小児甲状腺がんの発症は、原発事故由来ではないと断定しています。

しかし、北海道深川市立病院の松崎道幸医師は、山下氏とベラルーシ科学アカデミーの共著論文を根拠に、チェルノブイリでの福島型甲状腺検診が始まったのは、事故の年目以降であったことから、チェルノブイリ事故の最初の年間は甲状腺がんが増えていたとしても、超音波検査をしていなかったので、わからなかったのであり、チェルノブイリデータを以て、福島の甲状腺がんが被ばくによるものではないと断定することはできないと主張しています。

さらに、松崎医師は福島の小児甲状腺がんの性比(男女比)が、自然発生の甲状腺がんに見られる「圧倒的女性優位型」ではなく、男女比がに近い「放射線被ばく型」であるという事実を示して、「福島の小児甲状腺がんは原発事故由来ではないか」と主張しています。

これまでの研究から放射性ヨウ素の甲状腺がん誘発性は明白です。しかし、福島における甲状腺の放射性ヨウ素の被曝線量の調査は不十分で、議論のあるところですが、性比のデータなどから、私は松崎医師の主張がより合理的であると考えています。しかし、まだ結論がでていないことなので、今後の経過を慎重に見守る必要があると思います。

しかし、甲状腺がん過剰リスクはかなり長期にわたり存続するので、甲状腺エコー検査を徹底し、早期発見に心掛けるべきだと思います。原因が何であれ、早期発見すれば甲状腺治療で十分対処できることを被災者に伝えることが特に重要だと思います。

週刊誌『ビック・コミック・スプリット』のアニメ「美味しんぼ」で非難合戦が起こっています。本来ならこの非難は、このような未曾有の大被害をもたらした東京電力と、安全神話のままに原発政策を推進してきた歴代の政府に向かうべきなのに、原発事故で被害を受けた被害者同士がいがみ合うようなことは悲しいことです。

甲状腺問題も同じで、その原因で分裂するのではなく、原発事故被害者に安心感を与えることだと思います。再度強調しますが、甲状腺エコー検査を徹底し、早期発見し甲状腺治療をすれば、十分対処できることを原発事故被害者に伝えることだと思います。

放射線は目に見えないから、どれだけの放射線を受けているかは測定器を使わなければわかりません。しかも、大量の放射線を短時間で受けても、弱い放射線を長時間受けても病気になり、場合によっては死ぬことがあるから、極めて危険です。従って、「安全だ」「安全だ」というのは間違いです。

しかし、弱い放射線の場合は、病気の出るのも「確率的」ですから、「危険だ」「危険だ」と危険性だけを煽るのも間違いです。「恐れて、怖がらず」という態度で、「確率を上げるようなことはしない」という姿勢で臨むのが鉄則です。

「確率的」とは、宝くじを100枚勝った人と、1枚しか買わなかった人を比較すると、100枚勝った人確率の高い人の方がくじに当たりやすいが、1枚買った人確率の低い人でも当たる時があります。このように低線量被曝の場合は、誰が病気になるか分かりません。しかし、放射線を多く受けた人ほど確率的に病気になりやすいわけですから、確率を上げるようなこと、すなわち、放射線を多く受けるようなことはできるだけ避けることです。

福島原発によって放出された放射性物質の総量は、幸いチェルノブイリの10分の1といわれています。しかし、今なお多くの人が汚染地域に住んでいるので、土地などからの外部被曝と、空気、水、食物などからの内部被曝を受けています。従って、確率を下げるためには外部被曝と内部被曝の合計の総線量を下げる必要があります。

福島県民の内部線量は、陰膳方式による食事調査やホールボディカウンターの調査で、年0.01〜0.1ミリシーベルトであるといわれています。従って、総線量を減らすためには外部線量を減らす必要があります。外部線量を減らす最も有効な対策は「除染」で、除染以外にありません。国、東電の責任で徹底的に除染し、安心して留まって生活できるようにさせる必要があります。また、せめて子供だけでも、政府の責任で、時々放射能に汚染をされていない土地に、疎開をさせるなどして、余計な放射線を受けないようにすべきではないかと思います。

5月22日、福井地裁(樋口英明裁判長)は、大飯原発3,4号機の運転差し止めを命じる画期的な判決を言い渡しました。判決は、「ひとたび深刻な事故が起これば多くの人の生命、身体やその生活基盤に重大な被害をもたらす」として、「国民の生存を基礎とする人格権」の立場から大飯原発の運転差し止めを求めたのです。福島第1原発の事故はまさにこの判決の指摘した通りの被害をもたらしているのです。日本には、原発立地の出来る地域はありません。すべての原発の再稼働を止めさせましょう。

(2014/5/21・5/23・5/25一部改訂)